双極症の治療に用いられる薬剤について
うつ病では、気分は落ち込む方向にのみ変化しますが、双極症では、気分が落ち込む方向に変化するうつ状態に加えて、気分が高揚する方向に変化する躁状態が出現します。そのため、うつ病においては、1.その時点のうつ状態を改善する、2.未来のうつ状態を予防する、という二つの観点から治療を行えばよいのですが、双極症においては、1.その時点のうつ状態を改善する、2.その時点での躁状態を改善する、3.未来のうつ状態を予防する、4.未来の躁状態を予防する、という四つの観点から治療を行わなくてはなりません。オールラウンダー的な薬剤はあるものの、完璧ではなく、また、双極症の再発性はうつ病よりも高くなる傾向があるため、双極症においてはうつ病に比べて、複数の薬剤を用いて治療を行わざるを得ない場合が多くなる傾向にあります。
双極症の治療に用いられるのは、主として気分安定薬と抗精神病薬です。前者は、気分の波を安定させることを目的とした薬物の総称です。後者は、統合失調症の幻覚や妄想を改善することを目的とした薬剤の総称ですが、現在は双極症やうつ病などへの応用も広がっています。
上記、四つの観点から、各薬剤の特徴を表に記しました。効果の方向性に違いがあるのがお分かりいただけるでしょう。
ただし、各薬剤を、効果の観点からだけで使い分けることはできません。
例えば、気分安定薬である炭酸リチウムやバルプロ酸ナトリウムは、催奇形性の問題があるため、妊娠している女性への使用について、前者は投与しないこと、後者は原則として投与しないこととなっております。そのため、妊娠の可能性がある閉経前の女性への投与は基本的に行っておらず、例外的に使用する際には、催奇形性について十分な説明を行います。また、これらの薬剤では、効果を発揮しつつ副作用を回避するために、定期的な血中濃度の確認が必要となります。
気分安定薬の中で、ラモトリギンは、妊娠している女性にも比較的安全に使用可能とされています。ただし、投与開始後早期(8週間以内、特に2-4週間以内)に重篤な皮膚炎が生じる場合があり、慎重な観察が必要です。
抗精神病薬について言及いたしますと、クエチアピンやオランザピンは、体重増加や血糖値上昇のリスクがあるため、添付文書上、糖尿病の患者さんには投与しないこととなっております。投与中には、定期的な体重測定と血糖値の確認が必要となります。
なお、抗うつ薬については、うつ病に用いる場合とは異なり、気分を不安定化させるリスクが懸念されるため、その使用は慎重に、最低限にとどめるのが、標準的な見解です。
上記のように、双極症の治療に用いる薬剤については、上記四つの観点から効果の方向性に違いがある上に、抗うつ薬に比べて副作用の問題が大きいものが多いため、双極症の薬物治療はうつ病の薬物治療に比べて、複雑で難しくなる場合が少なくありません。患者さんとよく相談しながら、最適な処方を構築して行きたいと考えます。
なお、アリピプラゾールについては、抑うつエピソードの治療および予防についての適応が取得されておりません。しかしながら、臨床開発における用量設定が高すぎて有用性が証明されなかった可能性が否定できないと、個人的には考えております。
